序文

 
近年,分子生物学が飛躍的に進歩し,2001年にはヒトゲノムの塩基配列が解読された。その結果,ゲノムからどのような分子が作られ,それらの分子が生体の中でどのように活動しているのか,そしてそれらの分子がお互いにどのように関係しあってハーモニーを保っているかを解明することが,その重要な課題となっている。
  一方、近年,測定技術,検出器,コンピュータ技術などの進歩により,X線CT,ポジトロンCT(PET), シングルフォトンCT(SPECT),磁気共鳴画像装置(MRI),超音波撮像装置,蛍光顕微鏡,近赤外線スペクトロスコピーなど,ライフサイエンス,臨床領域での利用を中心に,生体の形態や機能を直接画像として観察できる機器が開発され,その性能が急速に向上している。これらの技術はイメージング法と呼ばれているが,それは単に形態的・定性的なものだけでなく,生きている状態で営まれている生体機能を定量的に表すことが可能となってきている。 
 そこで,この生体画像工学と分子・細胞生物学の成果を融合させて,生体内で活動している分子の本当の姿を知り,生きている状態の細胞・組織・生体での生体分子の相互作用,その結果起こる生物学・生化学的なプロセスの分布を空間的・時間的に直接測定するものとして登場してきたのが「分子イメージング(molecular imaging)」である。すなわち,この,「分子イメージング」は生命現象を分子の動きからダイナミックに観察しようとするものであり,ライフサイエンスの基礎研究,生体機能や病因の解明研究,遺伝子・再生医療,テーラーメイド医療などの医学研究,創薬研究,臨床診断分野などへの貢献が期待され,ライフサイエンス,医療に革新をもたらすポストゲノム時代の新しい研究分野として世界的に注目されている。
  また,最近の材料化学・工学の大きな進歩によって,最良医薬品開発過程において,薬物動態研究は一時期,厚生省への申請データをとるためのルーチン作業の一環として捉えられて「ナノテクノロジー」という新しい領域が出現し,さらにそれによって創生されるナノ材料を利用して,化合物の機能,体内での動きを精密にコントロールしようとするドラッグデリバリーシステム(DDS)が進展しているが,この「ナノテクノロジー」と「分子イメージング」との新しい2つの研究領域の融合,そしてその利用が「分子イメージング」研究をさらに加速,発展させるものの1つとして注目されている。
  「分子イメージング」は2000年に登場し,欧米では直ちに国家レベルでの大規模な研究が開始され,わが国でも約3年前から国家予算による本格的な研究がスタートして,現在,急速な勢いで研究が拡大し、進展している。したがって,この段階で「分子イメージング」の全体像を統合的に捉えることは,今後の「分子イメージング」研究の展開に極めて重要であると考える。そこで本書では,「分子イメージング」研究のための基盤技術・応用に関して,ナノDDS領域への展開も含めて,研究の現況と今後の方向性について各領域で精力的に研究を進められている方々に執筆をお願いした。
  本書が,「分子イメージング」の理解に役立ち,この領域の研究の発展に少しでも役立てば幸いである。最後に本書の趣旨をご理解いただき,貴重な時間を割いてご執筆いただいた方々に心からお礼を申し上げます。
京都大学大学院薬学研究科 佐治英郎
京都大学再生医科学研究所 田畑泰彦