序文
 

 いよいよ次世代シークエンサー(NGS)が実際の診療で利用される時代が到来し,遺伝子関連検査の臨床応用が加速している。いわゆる新型出生前診断はNGS の臨床応用の1例であり,NGS を活用したがんの個別化療法も現実のものとなっている。一方,NGS の対極にあるものとして,近年,全血からの核酸抽出・増幅・特定のSNP 検出までを全自動で行う小型遺伝子解析装置が次々に登場し,今後の遺伝子関連検査の一翼を担うと予想される。このような解析技術の長足の進歩と並行して,遺伝子解析結果が実際の診療で利用される場面も急速に増えつつある。
 DNA,RNA を解析対象とする検査は従来から漠然と遺伝子検査と呼ばれてきた。最近では,@病原体核酸検査,A体細胞遺伝子検査(遺伝子発現解析も含む),B遺伝学的検査(生殖細胞系列遺伝子検査)に分けて論じられることが多いが,AとBは混同されやすいので本書では両者を明確に区別した章立てを心がけた。次世代に伝わる遺伝情報を扱う遺伝学的検査は,その検査の対象がすでに発症している患者だけでなく,発症前診断・出生前診断として行われる場合も少なくない。さらには,いわゆる易罹患性検査として一般の方を対象として実施される場合もある。いずれにおいても適切な遺伝カウンセリングが必須である。
 「ますます臨床利用が進む遺伝子検査−その現状と今後の展開そして課題」と題した本書は臨床目的の遺伝子検査の最前線を様々な角度から取り上げたものであり,4 つの章からなる。
 第1章では,ついに実地診療で利用されはじめたNGS について,その最新技術の現状,遺伝性疾患の診断,がんゲノム解析への応用の実際,そしてこの技術の普及に際して重要ないわゆるincidental findings(secondary findings)の取り扱いや人材育成についても取り上げた。
 第2章では,遺伝子レベルの個別化医療の成功例として,固型がんや造血器腫瘍の分子標的治療のための体細胞遺伝子検査の現況をご執筆いただいた。
 第3章では,次世代に伝わる遺伝情報を取り扱う生殖細胞系列遺伝学的検査の臨床応用について,ファーマコゲノミクス,臨床の各領域において遺伝学的検査が必要になる場面について,出生前診断も含めてご執筆いただいた。さらに,近年多くの企業が参入しつつある直接消費者に向けたいわゆる遺伝子検査ビジネスについても取り上げた。特定の遺伝子の変化を調べる単一遺伝子病の診断と異なり,多因子疾患の場合は環境要因の影響が大きく,遺伝要因で規定される部分が限られていること,遺伝要因の全貌もまだ十分明らかにされていないことなどから,まだあくまで研究段階であることに留意しなければならない。
 第4章では,遺伝学的検査を適切に進めるために必須の遺伝カウンセリングの概論と各領域における遺伝カウンセリングの実際について専門家にお願いした。
 ご多忙の中,ご執筆いただいた皆様方に厚く御礼申し上げます。

千葉大学医学部附属病院マススペクトロメトリー検査診断学寄付研究部門客員教授
野村文夫