序文
 

 non-coding RNA の一種であるmicroRNA は,生命現象の微調整役として多くの遺伝子やタンパク質の発現制御に関与している。これまでのmicroRNA の発現解析では,主に細胞・組織内のmicroRNA が対象とされてきた。それらの研究が示すものは,microRNA の発現異常を補正することが新たな疾患治療に貢献する可能性である。がんなどの多くの疾患では,特定のmicroRNA のコピー数が上昇したり低下したりするため,補充療法やアンタゴニストなどによる抑制療法が治療戦略としては可能である。最近,欧州の企業によるLNA(locked nucleic acid)誘導体を利用したmiRNA-122 の阻害剤を使ったC 型肝炎患者に対する臨床試験フェーズ2 は良好な成績を収めるなど,microRNA を対象にした医薬品開発も目覚ましい進展をみせている。さらに最近になって,細胞外に分泌されるmicroRNA(分泌型microRNA)に注目が集まるようになった。分泌型microRNA は体液中を循環するが,エクソソームのようなナノサイズの小胞顆粒に包埋されたり,特定のタンパク質と結合した形態で分泌されるため,多くの消化酵素が存在する血漿・血清中でも安定である。特にがんをはじめとする疾患の病態やステージなど,ヒトの生理状態によってその発現量や種類が大きく変化するため,血液などの体液を利用した非浸襲的な診断用バイオマーカーとして開発されようとしている。こればかりではなく,分泌されたmicroRNA は周囲の細胞へと到達し,何らかのシステムで取り込まれた後,内包されたmicroRNAs が受容細胞中で機能するらしい事実も次々と明らかになってきた。こうした発見は,特にがん細胞の転移のメカニズムにわれわれがこれまで知り得なかった策略が秘められていたことを物語る現象として興味深い。microRNA が内包されていたことに端を発して,エクソソーム研究が再燃し,新しい潮流として世界中を湧かせており,ISEV という研究組織が本格的に動き出したことも2012 年の特筆すべき事象である。
 本特集では,microRNA がもたらすメガインパクトを,この領域の第一線の研究者らによって,疾患の診断と治療の両面から徹底的に分析していただく機会を得た。国内においても,核酸医薬に真正面から取り組む企業が出現するなどの明るい話題も豊富であり,これらの最前線の研究内容が,核酸医薬の新しい時代の幕開けとなり,疾患で苦しむ方々への光明となることを祈念する。
国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野分野長
落谷孝広