序文
 

  特定の疾患に対する治療法を開発するためには,その病態を理解することが必要である。まずは,なぜその疾患の原因となる異常が発生するのかを知ることに始まる。次に,その発生した異常から疾患として認識されるまで,病態がどのようにして進展していくのかを把握すること,そして病態が治癒しない,すなわち正常に戻らず異常な状態が持続する原因を理解することが必要となる。しかしながら,このような病態の理解はヒトの疾患において必ずしも容易ではない。多くは完成された疾患を詳細に観察したデータに基づいた仮説であり,その仮説を実証するために健常なヒトに疾患を「作る」ことは許容されない。そこで,疾患モデルの構築が治療法開発のための重要な手がかりとなる。
 疾患モデルは大きくin vitro とin vivo に分類される。in vitro の疾患モデルとは,肝臓や腎臓など特定の組織由来の細胞に傷害を与え,病態に類似した細胞を作製したり,特定の疾患に罹患した方の病変部の細胞を用いて解析するものである。近年では胚性幹細胞から作製した分化細胞や,標的疾患の罹患者由来ヒトiPS 細胞を用いたin vitro の評価系もスタートしている。in vivo の疾患モデルとは動物を用いた疾患モデルである。これにはヒトと同様な原因が自然に発生することによる自然発症モデルと,人為的に発症を誘導するモデルがあり,後者はさらに食餌や外科的処置などによるモデルと遺伝子改変モデルに分類される。遺伝子改変モデルは齧歯類のみならずマーモセットなど生理学的にヒトに近い動物でも可能となりつつある。さらに近年では,両者の枠を越えたモデルも作製されつつあり,例えば免疫系の細胞をヒトの細胞に置き換えた免疫系ヒト化マウス,あるいは肝臓の細胞の大部分をヒト肝細胞に置き換えたヒト肝細胞キメラマウスが作出され,マウス個体の中で,ヒトの細胞を使った薬剤の安全性の検証や疾患の再現を行えるようになってきた。
 本書では疾患モデルを用いた治療薬開発に向けての取り組みを最先端で行われている先生方の研究を紹介した。目次をご参照願いたいが,疾患部位としてもおおよそすべてカバーできるように広範囲の研究者に寄稿していただいている。本書が今後の疾患モデルを利用した創薬研究の指針となれば幸いである。
 最後になるが,本書の編集にあたりご助力をいただいた京都大学iPS 細胞研究所青井貴之先生,櫻井英俊先生,山田泰広先生,齋藤潤先生,森実飛鳥先生,京都大学医学研究科内藤素子先生,京都府立医科大学上野盛夫先生に,この場をお借りして心よりお礼を申し上げたい。

京都大学iPS細胞研究所 増殖分化機構研究部門
池谷 真

   京都大学iPS細胞研究所 増殖分野機構研究部門教授
京都大学再生医科学研究所 組織再生応用分野
戸口田淳也