序文
  

 
創薬研究において,古くからの試行錯誤的なアプローチをより効率化・迅速化させることを目的として,コンピュータを用いた様々な手法(インシリコ創薬技術)が開発され導入されるようになって久しい。例えば論理的に薬物設計を行うためには,生命現象を原子レベルで理解することが重要であり,タンパク質の立体構造情報が必要不可欠である。近年,X 線結晶構造解析やNMR などの技術の進歩とともに多くのタンパク質の立体構造が決定されるようになり,標的タンパク質の立体構造を入手できるケースが増えている。さらに実験構造が得られない場合であっても,構造ゲノミクスの進展による構造データベースの拡充を背景に,コンピュータを用いた予測法によりその立体構造を得ることが可能である場合が多い。すなわち,標的タンパク質の立体構造に立脚したインシリコ創薬技術であるstructure based drug design は今や当然の技術として創薬ステップに組み込まれ,創薬加速に貢献しているのである。
 一方,2003 年のヒトゲノム解読完了をはじめとする様々な生物種のゲノミクスの進展に伴い,トランスクリプトーム,プロテオーム,メタボローム,インタラクトームなどの網羅的分子情報(オミックス情報)が爆発的に増加してきている。われわれは今,それらオミックス情報も含め現在までに蓄積してきた莫大な生命に関する情報を活用した新しい創薬研究へのパラダイムシフトに直面している。例えばこれらの情報は,ゲノムの多型情報に基づいたテーラーメイド医療やオミックス情報を基にしたオミックス医療の実現へと応用されている。そのような時代において,莫大な情報を解析しライフサイエンスに有用なデータを導き出すにはコンピュータの利用が不可欠であり,インシリコ創薬分野は大きな期待のもと飛躍的な発展を遂げようとしている。具体的にはまず,バイオインフォマティクスを基盤とした新しいインシリコ創薬技術の開発が挙げられる。従来からのインシリコ創薬基盤技術もバイオインフォマティクスを取り込みながら次世代に向けて改良・精度向上が進んでいる。次に,多くの研究者が莫大な生命情報を有効に利用できるようにデータの統合が進んでいる。整備された様々なデータベースは創薬研究のみならず広くライフサイエンス分野において利便性をもたらしている。
 本書では,インシリコ創薬関連分野において第一線で活躍されている先生方に執筆をお願いし,次世代に向かって進展している最先端のインシリコ創薬技術を紹介する機会とした。同時に,大変革期にあるインシリコ創薬をより深く理解するために,インシリコ創薬進展に密接に関連する実験を中心とした研究の紹介もお願いした。インシリコ創薬に携わる研究者の方々をはじめ,この分野に興味のある広い分野の研究者の方々に読んでいただき,創薬研究の進展に役立てれば幸いである。
 
北里大学薬学部 竹田−志鷹真由子
北里大学薬学部 梅山 秀明