序文
  患者のための再生誘導治療はここまで進んでいる


 
増殖分化能力の高い前駆細胞および幹細胞、あるいはその関連分野の生物医学研究の進歩はめざましく、細胞の再生誘導能力を活用することによって、様々な生体組織と臓器の再生修復が現実味を帯びてきている。このような状況の中で、ますます再生誘導治療(一般には再生医療と呼ばれている)に大きな期待が寄せられてくるのも当然のことである。再生誘導治療には、成熟細胞や組織(成体)幹細胞の移植による生体組織の再生誘導アプローチと、細胞の増殖を促す体内環境を作ることによって、生体組織の再生を誘導するという生体組織工学アプローチの2つがある。生体組織工学では、足場や生体シグナル因子を利用することで、体内にもともと存在している細胞あるいは移植された細胞を介した生体組織の再生修復を実現する。これらの2つのアプローチは別々に利用され生体組織の再生治療を行うことができるが、それらをうまく組み合わせることにより治療効果を高めることも可能である。
 言うまでもないことであるが、再生誘導治療は、生物、医学、歯学、臨床医歯学、工学、薬学、理学などの複数の異種の学術分野が有機的に融合することによってのみ、その実現が可能となる典型的な融合境界研究領域であると考えられる。再生誘導治療の基本アイデアが提唱されてから18年の歳月が流れ、その基礎となる融合研究領域の進展とともに、細胞移植あるいは生体組織工学を利用した生体組織の再生誘導治療の臨床研究も始まっている。
 再生誘導治療の最終目的は病気を治すことである。この新しい治療法に対する期待感から、一般の人に「再生医療」という言葉が広く知られるようになってきたことを忘れてはいけない。このような人々の期待と、再生誘導治療に関する学術的興味および企業化への意気込みも相まって、すでに、再生誘導治療に関するいろいろな成書が出版されたり、定期刊行物に特集号が組み込まれている。しかしながら、このような状況においても、患者の治療が可能となっている臨床研究の現状を鳥瞰できるような成書はない。そこで、現時点において、「患者までとどいている再生誘導治療」という観点から、全体像をまとめてみることも大切ではないかと考えた。本書を企画した最も大きな動機は、この研究領域の最終目的である「患者のための再生誘導治療」について考えていただくための少しの助けにでもなればと思ったからである。
 本書で執筆をお願いしたのは、患者のための再生誘導治療を積極的に進めている第一線の方々である。原稿では、それぞれの治療分野における現在の世界的な動向、その中の日本の位置づけと問題点、ならびに執筆者の最新の臨床研究成果や今後の治療の方向性などについて簡潔に述べられている。これらの内容を読んでいただき、「再生誘導治療」の現状をしっかりと理解し、この治療法の可能性とポテンシャル、加えて、治療法の限界について考えていただければ幸いである。

京都大学再生医科学研究所 田畑泰彦