遺伝子治療研究の最前線

小野寺雅史
国立成育医療研究センター遺伝子細胞治療推進センター

 治療を目的とした世界初の遺伝子治療は,1990年,米国国立衛生研究所で行われた難治性遺伝性疾患のアデノシンデアミナーゼに対してである。それより30余年の月日が流れたが,ここにきてようやく遺伝子治療は難治性疾患に対する新たな治療法として確立してきた感がある。ただ,ここに至る過程は決して平坦ではなく,時に治療を受けた患者が治療用ベクターに対する過剰な反応にて死亡し,さらには遺伝子治療自体が造血器腫瘍発症の直接の原因となることが明らかとなり,2000年代は「遺伝子治療は危険な治療法である」との風潮が社会全体を覆った。しかし,このような逆境においても遺伝子治療の将来性を信ずる多くの医師・研究者たちが弛まぬ努力を積み重ね,より安全で汎用性の高いベクターを開発してきた。そして,その後の細胞生物学ならびに分子細胞生物学の進歩に相まって両分野の数多くの新発見が遺伝子治療の領域に次々と組み込まれ,その応用の下に多様な難治性疾患に対する遺伝子治療が開発されてきた。さらに,昨今のゲノム編集技術を含むこれまで全く想像し得なかった新たな治療モダリティの概念もこの領域に参入したことから,遺伝子治療がこれまでとは全く違う側面を見せており,今後もこの急速な進化の下,ますますその適応範囲を広げていくと思われる。
 さて,このような流れを受け,今回,遺伝子医学において「遺伝子治療研究の最前線」の季刊誌が企画され,そのコーディネーターに拝命されたことは喜ばしい限りである。しかし,これだけ多様のモダリティが混在する現行の遺伝子治療を,いかに限られた誌面で読者に理解してもらえるかが大きな課題であった。ただ,その分野の専門家に今回の主旨を説明し,原稿を依頼したところ多忙にもかかわらずご快諾いただき,多くの玉稿を賜ったことは至極の喜びである。なお,本特集が本誌一冊のみで遺伝子治療の全体像を把握できるよう構成されているため,その内容が代表例に限定したことも事実であり,例えばex vivo 遺伝子治療では造血幹細胞遺伝子治療とCAR-T細胞療法,in vivo 遺伝子治療では使用するベクターをアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターとし,神経系疾患,血友病,眼疾患を対象とする遺伝子治療に限定した。一方,昨今,安全性が懸念されているウイルスベクターの生体内動態に関しては別項として取り上げ,また今後の遺伝子治療の展開を考えた際,鍵となる腫瘍溶解ウイルスや核酸医薬ならびにゲノム編集技術は「その他」として章立てた。
 なお繰り返しになるが,本特集号では,最新情報を含め幅広い遺伝子治療の範囲を可能な限り本誌のみで理解できるよう構成されているため,誌面の関係から説明不足の場合もあり,さらには全く取り上げていない項目も多々ある。そのため,そのような場合は是非,私宛に質問や意見をぶつけて欲しい。それは,いまだ遺伝子治療が発展段階の治療であり,そのような貴重な質問の中に新たな技術革新につながるヒントが隠されていることを信じているからであり,同時に難治性疾患に苦しむ多くの患者にいち早く朗報を届けたいからである。