井ノ上逸朗
国立遺伝学研究所人類遺伝研究室

 IRUD(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases)はAMED創設と同時に始まったプロジェクトで,希少・未診断疾患の原因遺伝子同定を目指すネットワークである。疾患遺伝子同定は古典的に家系収集が求められ,連鎖解析による遺伝子座ピンポイントの後,ポジショナルクローニングが行われていた。しかしながら,希少疾患では家系収集は非常に困難であり,疾患遺伝子同定は進んでいなかった。次世代シーケンサーの登場により,家系に頼らず希少疾患患者から原因遺伝子解析が可能となった。それに伴いIRUDが開始したといえる。とはいえ,希少・未診断疾患患者収集を全国レベルでシステマティックに行うことは全く新たな試みで,IRUDでは国立精神神経センターの水澤先生をリーダーとして,検体収集ネットワークを構築して多数の希少・未診断疾患患者の収集に成功している。検体収集ネットワークの構築とそれらを次世代シーケンサーで解析するIRUD解析拠点により,多くの疾患遺伝子が同定され,遺伝子による診断が行われてきた。しかしながら,希少疾患における原因遺伝子は候補であることが多く,疾患メカニズムも不明であり,かつ治療に結びつく研究が求められていた。
 そこで,IRUD研究をさらに進展するためBeyond Genotyping, Beyond Diagnosis, Beyond Borderの三つの柱からなるIRUD-Beyondが立ち上がった。Beyond GenotypingはIRUDで同定された候補遺伝子について小型モデル生物を用いてin vivo でのメカニズムを研究する研究であり,J-RDMMとして推進している。本稿ではJ-RDMMの概要を川本先生に解説いただき,ゼブラフィッシュ,ショウジョウバエ,線虫を用いたin vivo 解析の具体例を川上先生,石谷先生,高野先生,杉江先生,戸井先生が概説してくれている。Beyond Diagnosisは治療法開発を目指した研究であり,多くの研究者が様々な手法で取り組んでいる。Beyond Borderは国際協調を目指した研究である。希少疾患の本質的な問題点は患者が少ないことであり,国際連携により多くの患者解析が求められる。実際のところ,IRUD,J-RDMMでも国際協調に向けた取り組みを進めている。IRUD-Beyondの一環として患者由来iPS細胞を用いた新たな取り組みも始まった。患者由来のiPS細胞を疾患関連組織に分化させ,そのメカニズムを解明する目的である。その有用性について齋藤先生に概説いただいた。そして最後にIRUD解析拠点の上原先生,小崎先生にIRUD解析拠点側からみたJ-RDMMとの連携について概説いただいた。
 IRUDプロジェクトの進展とともに新たな課題が浮上している。患者が1人しかいないN=1問題である。IRUDの尽力とともにそのような症例が蓄積するばかりの状況となっている。患者が1人しかいないため,候補遺伝子の絞り込みが困難であり,同時に小型モデル生物での機能解析もなかなか進まない。J-RDMMとしてはショウジョウバエなどを用いた候補遺伝子スクリーニングシステムを構築し,機能的関与のある候補遺伝子の同定を目指している。N=1症例については遺伝子解析により原因候補遺伝子同定にいたってない可能性がある。その場合,患者から樹立したiPS細胞が機能解析に威力を発揮すると期待できる。iPS細胞を用いた疾患メカニズム解析と連携し,多面的に疾患遺伝子解析を進めていくことがIRUD-Beyondとして重要となろう。