「成人学習理論から学ぶ臨床遺伝教育のこれから」
特集にあたって

蒔田芳男
旭川医科大学病院遺伝子診療カウンセリング室

 日本の遺伝医学教育は,一般教育もしくは基礎医学教育の中で行われてきた長い歴史がある。そのため,遺伝医学に関する項目を暗記すると,おのずと遺伝学的な知識が応用できるようになり良い臨床遺伝専門医になると信じられている。このような形の教育は,「将来役に立つから勉強しなさい」という子ども教育学(ペダゴジー)的な発想で成り立っている。
 ところが,時代は,遺伝医学の情報を臨床に応用する「臨床遺伝」にシフトしている。臨床で遺伝医学的知識を応用するためには,その知識をどのように臨床に応用できるのか?という現実的な課題に対処しなければならない。多くの方々が漠然と感じられているように,学習者の知識が豊富なことは,学習者が知識を上手に利用することを保証するものではない。この現実的な問題を解決するための教育理論として「成人学習理論」がある。これは,マルコム・ノウルズ(Malcolm S. Knowles,1913年4月24日〜1997年11月27日)によって広められた概念であるアンドラゴギーの日本語訳である。ノウルズの理論によれば,成人の学習には,小児と異なる五つの要素があるとされている。
(1)成人は,次第に自己主導になっていくパーソナリティをもつ(自己概念)。
(2)失敗も含めた過去の経験が学習活動の基盤を提供してくれる(経験)。
(3)学習へのレディネス(身体的・知的・精神的に学習の準備が整った状態)。医療者においては,役割における問題解決や役割を有効に果たしていくための学習が必要だという自覚を促すための準備。
(4)子どもの学習は,「将来のため」のような漠然とした目的で行われるが,成人の学習は,「近未来の目的のために」学ぶことが多い(学習の指向性)。
(5)医療者の多くは,様々な仕事活動を全うしつつも調和させ学ぶパートタイム学習者である。そのため「なぜ学ぶのか」が問われやすいため,学習の意味や位置づけが明確でなくてはいけない(学習への動機づけ)。
 今回の特集号は,この五つのポイントについて,昨今の卒前医学教育,初期臨床研修教育,専門医教育の中でみられるトピックスを医学教育と臨床遺伝の第一線の教育者に執筆いただいた。山脇先生には,今後の医学教育モデル・コア・カリキュラムについての内容を概説いただいた。到達目標に関しては,野村先生に初期臨床研修医の到達目標の考え方を,櫻井先生に平成28年度の医学教育モデル・コア・カリキュラム改訂で取り込まれた遺伝医学・ゲノム医学の概要を,三宅先生に臨床遺伝専門医の新しい行動目標の立て方をお願いしている。学習方略については,小野先生と井本先生にe-learning活用に関わる方略の工夫についてお願いした。最後の学習者評価については,岩崎先生にパフォーマンス評価についての概要を記載いただき,西屋先生に日本小児科学会の取り組みについて記載いただいた。今回の特集が,今教鞭をとっている先生,これから教鞭をとる先生方にとって「臨床遺伝教育」を考えるきっかけになることを期待している。