IRUD:希少難病・未診断疾患という名の
医療過疎領域を救うために

小崎健次郎
慶應義塾大学医学部臨床遺伝学センター

希少疾患とは
 海外では希少疾患に対して,行政による定義づけが行われており,米国では患者総数が20万人以下の疾患,欧州では頻度が1/2000人以下の疾患とされる。5000〜8000の希少疾患が存在すると予測され,欧州の希少疾患研究を取りまとめているOrphanet(www.orpha.net/)に列挙されている疾患数は現在3733である。疾患ごとの頻度は低いものの,疾患数は非常に多く存在することから,全人口における希少疾患の罹患頻度は6〜8%に達すると推定される。また,これらの希少疾患患者の半数は小児だが,希少疾患のうち95%はいまだ有効な治療方法が存在せず,患者の3割は5歳までに亡くなっている。
本邦の既存の希少疾患対策について
 本邦において「難病」とは,①発病の機構が明らかでなく,②治療方法が確立していない,③希少な疾患であって,④長期の療養を必要とするもの,という四つの条件を満たし,さらに⑤患者数がわが国において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと,⑥客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること,という2条件を満たす疾患と規定されている。厚生労働大臣により331の疾患が「指定難病」とされ,その多くは希少疾患である。そして,331疾患のうち196疾患は,単一遺伝子の変異によって発症するメンデル遺伝病である。未成年については,小児慢性特定疾病制度が運用され,700を超える疾患が医療費助成や研究の対象となり,相当数の希少疾患がカバーされている。
希少疾患=医療過疎領域
 一方で,指定難病・小児慢性特定疾病に含まれない疾患については体系的な施策は十分とはいえないのが現況である。上述のOrphanetの3733疾患に列挙されていても,本邦の指定難病制度や小児慢性特定疾病制度の対象からは外れる疾患群や,疾患としていまだ認識されていない新しい遺伝子異常症などが存在する。それらは,医療という観点からは,いわゆる一種の「医療過疎領域」といえる。その結果,大学病院などの三次医療機関においても「診断がつかない」患者が相当数,潜在している。臨床的に病名診断がつかない患者において,多臓器に及ぶ症状の存在や家族内発症を認める場合には,罹患原因として単一遺伝子病の可能性がある。このような,遺伝子異常が疑われるものの原因が未特定の患者に対する暫定的な疾患名として「未診断疾患(undiagnosed diseases)」という概念が提唱された。この名称の命名理由は,working diagnosisとして,無理に既知の疾患の枠組みに組み込まないことが重要と考えたからである。つまり,ゲノム解析などで確定診断がつき新規疾患と判明したケースや,学問的には既知の疾患だったが稀なために病名診断に至らなかったケースも含まれるからである。こうして新規に同定された疾患単位を確立していくことで,その症状の組み合わせは「未診断疾患」の枠から脱することができる。
未診断疾患イニシアチブのめざすもの
 未診断疾患イニシアチブ(Initiative on Rare and Undiagnosed Diseases:IRUD)は未診断疾患と思われる患者への診察や解析を通じて診断確定や新規疾患を確立するプロジェクトである。2015年の夏に開始され,3年間で3000家系を超える患者・家族が参加し,診断率は30%を超えた。全国を網羅する医療システムとして成熟しつつあり,海外との連携も着実に進んでいる。臨床医とモデル動物(ショウジョウバエやゼブラフィッシュなど)の基礎研究者の共同研究も飛躍的に進められており,発見される疾患も劇的に急増している。
 IRUDは,新規発見を追求する自然科学としての医学的側面と,これまで医療過疎領域とされてきた領域に対して光を当てる制度の構築を図る社会的側面の両面を備えたユニークなプロジェクトといえる。
 本稿では,様々な立場でプロジェクトに取り組んでおられる先生方に現時点におけるIRUDの医学的成果・社会的成果を,多角的にまとめていただいた。ぜひご一読いただき,患者さんの診療依頼や共同研究を含めて,この全国プロジェクトにご参画いただければと存じます。