出生前遺伝学的検査の進歩を
どう一般臨床に還元するか

関沢明彦
昭和大学医学部産婦人科学講座/昭和大学病院産婦人科

 妊婦の年齢が上がるとともに児の染色体異常の確率が上昇し,そのことを心配して検査を希望する妊婦は増加する。昭和大学病院で分娩する女性の約70%は35歳以上の妊婦であるが,全体で約40%の妊婦が遺伝学的検査を受けているように,出生前遺伝学的検査は特殊な妊婦が行う検査ではなくなってきている。
出生前遺伝学的検査として胎児診断を行うには胎児細胞を直接分析する必要があり,羊水穿刺や絨毛採取が行われるが,これらの方法では一定の頻度で流産が起こるため,多くの妊婦に検査を行うことはできない。そこで開発されたのが,非侵襲的スクリーニング検査である。この検査は児の染色体疾患の可能性を推測する検査で,この結果をもとに,侵襲を伴う確定検査を受けるかどうかを妊婦が判断することになる。スクリーニング検査として,最初にわが国に導入されたのが第2三半期に行うトリプルマーカー検査であり,現在はクアトロプル検査が一般化している。また,第1三半期に検査を行うコンバインド検査が開発され国際的には広く用いられている。しかし,これらの検査は,5%の偽陽性率水準でダウン症候群のおおよそ80%を検出し,陰性的中率は高いものの,陽性と判断された胎児にダウン症候群のある確率(陽性的中率)は10%にも満たない検査である。
 そのような状況下で開発されたのが母体血胎児染色体検査(NIPT)である。NIPTの詳細は本編で佐村修先生が解説するが,NIPTの胎児染色体疾患の検出精度が極めて高いがゆえに,その臨床応用に際し,社会的な関心が非常に高まり,また倫理的な側面からも様々な議論が行われた。このNIPTは世界中に急速に広がり,現在100ヵ国以上で検査が可能となり,2017年には年間460万件以上実施されている。わが国では2013年以降,21トリソミーなどの3種の染色体数的異常症のみを対象に検査が行われているが,検査対象疾患として性別診断や性染色体の数的異常の検出も当然可能である。また染色体微小欠失・重複の検出についても,7Mb以上のものについては97%以上の検出率と高感度に可能である。このゲノムワイドの染色体検査は,特に胎児に形態異常のある場合などに有用な検査であり,検査で微小欠失・重複を認めた場合には羊水検査を行い,マイクロアレイ解析することで胎児異常の原因を同定できる可能性がある。さらに,単一遺伝子病についても母体血cfDNA検査の対象となってきている。この対象疾患の中には骨系統疾患などがあり,胎児超音波検査で胎児に骨系統疾患が疑われた場合に母体血で遺伝子検査を行って診断することが可能になっている。また,疾患の遺伝的背景のある家系内における遺伝子検査としても有用で,母体血cfDNAの遺伝子検査としての応用範囲は広く,その発展性は大きいと考えられる。
 このように,これまで妊婦が負わなければならなかった羊水検査などに伴うリスクを,科学技術の進歩により大幅に軽減することが可能になった。出生前検査は胎児が中絶の対象となることから,その是非については議論があるものの,現に切実な悩みを抱えて妊娠する女性がいる現実やリスクを考慮しても,侵襲検査を受検する女性が多くいる現実を受け入れ,よく理解して検査を希望する女性の自己決定権を守り,その女性にとってより低侵襲な選択肢を確保することは重要な視点である。
 科学技術の進歩は留まるところを知らず,無限に拡大していくであろう。また科学技術の進歩によって,医療の中で患者への侵襲性が軽減されてきたのは,これまでの医療の歴史の中で繰り返されてきたことである。その最先端の技術のすべてが,われわれを幸せにするわけではない。倫理的な視点から許容されないことがあることは事実で,社会的議論の上でのコンセンサス形成は重要である。しかし,このような議論において,その技術を使用し,利益を享受する可能性のある当事者の意見がなかなか表に出てくることがないように思う。漫然とした議論は,その技術によって救われる可能性のあるものの自己決定権を抑えることにもなる。現在,NIPTの今後の在り方について様々な議論が行われているが,よく知ったうえで希望する女性がアクセスしやすい検査体制の構築,必要なものが検査できる対象疾患の設定などが必要である。むしろ現在の医療資源の中で,このような検査実施を支える遺伝カウンセリング体制を含む医療システムの構築にこそ真剣な議論が必要であり,建設的な意見の中でより良い周産期の遺伝診療が展開される体制が構築されることが望まれる。