特別寄稿 / 「遺伝子医学」復刊によせて
福嶋義光
信州大学名誉教授,特任教授(医学部)
日本人類遺伝学会監事(前理事長)
全国遺伝子医療部門連絡会議理事長

 1997年7月に創刊され,2003年9月に休刊していた「遺伝子医学」が,このたび復刊されることになった。時宜を得たものでとても喜ばしい。
ここ数年わが国においても,遺伝医学やゲノム医療について大変好ましい大きな変革の波が押し寄せてきている。2014年に設置された関連省庁すべてが参画する健康・医療戦略推進会議において,ゲノム医療の実現に向けた基盤整備や取り組みの推進が掲げられ,いくつかの具体的方策がとられはじめた。その中で長期的にみた場合,最も大きな影響を与えるのは,医学教育モデル・コア・カリキュラムに「遺伝医療・ゲノム医療」の項目が加わったことだと考える。
 従来のモデル・コア・カリキュラムには,「遺伝と遺伝子」や「遺伝子異常と疾患・発生発達異常」などの項目はあったが,遺伝子の「変化」が「多様性」や「個体差」ではなく,疾患原因としてのみ捉えられ,「正常」と「異常」の対比という視点に傾いていることや,家系図作成や遺伝カウンセリングなどのキーワードがなく,遺伝情報を現場でどう収集し,どう扱うか,という臨床遺伝の視点が不十分であった。
 今回の改訂で最も大きく変わったのは,ゲノム医療の実践に最も重要な概念である「ゲノムの多様性に基づく個体の多様性を説明できる」が明確に記載されたことと,従来は感染症,腫瘍,免疫・アレルギーなどが記載されていた「全身におよぶ生理的変化,病態,診断,治療」の大項目に,新しく「遺伝医療・ゲノム医療」の項目が加えられたことである。
 「遺伝医療・ゲノム医療」のねらいとしては,「遺伝情報・ゲノム情報の特性を理解し,遺伝情報・ゲノム情報に基づいた診断と治療,未発症者を含む患者・家族の支援を学ぶ」と記載されており,家系図作成,遺伝学的検査や遺伝カウンセリングの意義,遺伝医療における倫理,遺伝情報に基づく治療など,ゲノム医療を実現していく際に医師に求められる項目が記載されている。特に「未発症者を含む患者・家族の支援を学ぶ」と記載されたことは,ゲノム医療の本質を端的に表したものであり,ゲノム医療は患者だけではなく,未発症者,すなわち発症していないすべての人をも対象とした医療であることを示している。
 これから医学教育を受ける将来の医師は,遺伝医療・ゲノム医療を学んでから医師になるが,課題として残されるのは,現在,臨床の場で活躍している医師にどのように遺伝医療・ゲノム医療の真髄を伝えていくかである。「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース(TF)」(事務局:厚生労働省厚生科学課)の報告書には,「ゲノム医療の知識がどの医師にも必要であるという時代が到来することを見据えて,医学教育モデル・コア・カリキュラム,医師国家試験,臨床研修や生涯教育におけるゲノム医療の取扱いの整合性を図りながらその内容を検討すべきと考えられる」と記載されている。
 遺伝医療・ゲノム医療の生涯教育の1つのツールとして,「遺伝子医学」の果たすべき役割は極めて大きい。わが国の医療,特に専門的な医療は,臓器別あるいは年代別で実施されることが多いが,遺伝医療・ゲノム医療は,臓器横断的・年代横断的な取り組みが求められる。現在,ほとんどの大学病院には,遺伝子医療部門が設置されているので,わが国の遺伝医療・ゲノム医療の発展は,臓器別の専門分野と遺伝子医療部門との連携を深めることによりなされるものと確信している。復刊する「遺伝子医学」には,是非その架け橋の役割を果たして欲しいと願っている。
2018年8月8日