巻頭言

遺伝子医薬への期待:注目される小さなRNA

多比良和誠

東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻 教授
産業技術総合研究所ジーンファンクション研究センター センター長
 株式会社iGENEファウンダー 取締役

 小さなRNAがバイオ・医学の世界を変えつつある.2年前の2001年4月,来日中のTom Tuschlとビールを楽しんでいる席で,「短い2本鎖RNA(siRNA)を用いることにより哺乳動物細胞での遺伝子発現制御が可能になった」と聞きたいへんショックを受けた.われわれもリボザイムのコントロールとして線虫などの系で話題になっていた2本鎖RNAを試したものの,少なくとも哺乳動物細胞では,インターフェロン応答を引き起こさず特異性の高いリボザイムが有効であろうと感じていたからである.数週間後にTomの大発見はNatureで紹介され,言うまでもなく,サイテーションが一番高い論文として話題になっている.現場でもsiRNAの効果はすぐに認知され,最近,「Natureに論文を通すためにはsiRNAを用いた確認が不可欠」とまで噂されるようになった.Tomの功績は大きく,小さなRNAは2002年のBreakthrough of the Year(Science誌が年末に発表,その年に注目を集めた研究)の第一位に輝いた.
 siRNAと同様にDicerによってプロセシングされるmicroRNA(miRNA)は,18-25塩基の小さなNon-coding RNAであり,線虫で初めて発見され,動植物に広く保存されている.世界中で,哺乳動物におけるmiRNAの標的遺伝子の探索が行われているが,困難に直面していた.標的探索がどうして難しいかというと,miRNAは,その標的となるmRNAとは部分的にしか結合しないからである.バイオインフォマティクスなどの手法を用いて,例えば20塩基程度の短いRNAが70%(14塩基)の精度で結合できるポテンシャル標的サイトを予測すると,ゲノム全体で8000箇所ぐらいの候補がリストアップされる.タンパク質に翻訳される領域に限定しても数百のポテンシャル標的サイトになり,この中で,本当の標的遺伝子をみつけるには,科学の直感,またはセレンディピティも要求される.われわれは,幸いにも世界に先駆けて哺乳動物miRNAの標的遺伝子を発見し,NatureのArticle(Kawasaki & Taira, 423, 838-842, 2003)として発表することができた.さらに,われわれは,標的遺伝子の探索が困難であるが,宝の宝庫である200種類以上の哺乳動物miRNAのなかで,既に,90種類以上のmiRNAに対するそれぞれの標的遺伝子を同定することができた.
 同定した標的遺伝子を眺めていると,miRNAがいかに細胞の運命を将軍的に牛耳っているかがうかがえる.人工miRNAやそれを標的としたsiRNA・リボザイムなどの小さな機能RNAを用いることにより,細胞分化など細胞の運命を人為的にコントロールできることも確認しており,これらの小さなRNAは将来的な再生医学への応用も期待できる.つまり,幹細胞の分化を人為的にコントロールすることが可能になり,特定の臓器を造れる可能性もでてきた.もちろん,本特集で取り上げている医学分野への応用,つまり,癌やエイズウイルスなどに関わる遺伝子を標的とした,これらの小さな機能RNAを設計・構築することによって,特異性の高い核酸医薬への期待も高まっている.本特集の具体例を味わっていただき,小さなRNAへの大きな期待を膨らませていただけると幸いである.

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