巻頭言


芳賀達也

学習院大学理学部生命分子科学研究所 所長


 Gタンパク質共役受容体(GPCR)は,光,匂い,味の受容体であると同時に,ホルモンや神経伝達物質の受容体でもある.酵母からヒトまで,生体(細胞)の主要なセンサーとして働いている.臨床薬30〜60%の標的でもあり,実用的見地からも重要である.本特集では,GPCRの脳での機能に関して,基礎から最新の知見まで,第一線の研究者に解説いただいた.
 ヒトでは,GPCRの遺伝子は約1000種類あると見積られている.ヒトゲノム解析の結果を利用してGPCR遺伝子を同定すると,匂いと味受容体で約500種,内在性リガンドの受容体が350〜450種と見積られた(武田の章参照).GPCRは細胞膜にある糖タンパク質で,細胞膜貫通セグメント7個という構造的特徴を持つと考えられてきた.最近,光の受容体であるロドプシンの立体構造が解明され,細胞膜7回貫通型であることが実証された(西澤・岡田).立体構造の解明は,GPCRのリガンド設計に大きなインパクトを与えた.細胞外からの刺激物質(アゴニスト)を結合したGPCRは,細胞内にある3量体型Gタンパク質αGDPβγに作用して,GDPの遊離を引き起こす.ついでGTPが結合し,αGDPとβγに解離する.αGDPとβγが直接Ca2+チャネルやKチャネルに作用して,神経の興奮性に影響を与えるが,その分子機構が明らかになってきた(額田).αGDPとβγはさらに,細胞内にあるアデニル酸シクラーゼやホスホリパーゼCに作用し,その結果,cAMP,ジアシルグリセロール,イノシトール3リン酸などの2次メッセンジャーが生成する.2次メッセンジャー,それに引き続くCa2+イオンやタンパク質キナーゼなどもイオンチャネルに作用して,神経の興奮・抑制に影響する.
 神経伝達物質にはイオンチャネル受容体とGPCRGの2種類がある.中枢での興奮性伝達の主役であるグルタミン酸(阿部・立山・久保)と抑制性伝達の主役であるGABA(川口・平野)に対しては,イオンチャネル受容体とGPCRの両方がある.GPCRは,イオンチャネル受容体を介する速い情報伝達のモニターとして働き,神経興奮伝達の制御系を起動する役割を担うと考えられる.GPCRの活性化によって,神経機能タンパク質のリン酸化などによる活性制御や,遺伝子転写を介する発現制御が行われ,その結果,学習や記憶といった中枢神経の制御機構が発動すると考えられる.アセチルコリン(松井)やATP(井上)に対してもイオンチャネル受容体とGPCRが共存する.いずれも多数の受容体サブタイプが存在し,精妙な機能分担をしていることがわかりはじめている.一方,ドパミン,ヒスタミン(倉増・谷内)などほとんどのアミン,2アラキドノイルグリセロール(杉浦・和久)などの脂質,オレキシン(桜井)やグレリン(寒川)などのペプチドについては,イオンチャネル受容体は知られておらず,GPCRを介した遅い情報伝達に特異化した系と考えられる.これらの伝達物質を持つ神経細胞は脳全体に軸索を投射しているものが多い.睡眠と覚醒,注意集中,興奮と抑うつ,快感,摂食行動,時間・空間感覚など,脳全体の状態設定や情動に関係していると考えられる.まだ多数のGPCRが機能不明のままである.多くの伝達物質やホルモンがGPCRの内在性リガンドとしてこれから見出されるであろう.オレキシンやグレリンはオーファン受容体のリガンドとして同定されたもので,それによって脳の理解に貢献した先駆的な代表例である.脳におけるGPCRの役割を解明する研究は今後ますます進展するものと考えられる.現時点でも,多数の興味ある事実が明らかになっており,それが本特集を企画した所以である.
 末筆ながら,お忙しいなか素晴らしい総説をお書きいただいた執筆者の方々に,心より感謝申し上げます.

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