巻頭言


岩坪   威

東京大学大学院薬学系研究科臨床薬学教室 教授


  近年,神経変性疾患(neurodegenerative disease)に今までにない熱い視線が注がれている.なかでもアルツハイマー病(AD)とパーキンソン病(PD)は極めて頻度が高く,脳の老化過程が発症に深く関与することからも,病態の解明と治療法開発は社会的な要請ともなり,それに応えて基礎的な研究が大きな進展をみせつつある.その原動力となったのは,ごく一部に存在する単一遺伝子型家系における病因遺伝子の同定と,これらの遺伝子を対象とする分子・細胞生物学的研究の展開であった.これらの知見は,従来から行われてきた臨床,病理,生化学的研究と有機的に結びついて病態の理解を促進した.また大多数を占める「孤発性」症例も,多因子性の遺伝要因が根底にあり,それらが環境要因と相互作用しつつ発症に至るものと考えられ,病態の理解に基づく根本的治療法の開発も現実化しつつある.このような状況のもと,両疾患の研究の最前線におられる方々から解説をいただく好機を得ることができた.
 AD研究においては,神経細胞脱落と表裏一体の関係で出現する2種類の異常蓄積物−βアミロイドとタウ−を中心に研究が進められてきた.この数年の間に優性遺伝型家族性ADの病因遺伝子異常は,βアミロイドの構成ユニットであるAβペプチドの産生過程,すなわちプロテオリシスの基質側(APP)と酵素側(presenilin)のいずれかに生じていることが解明された.これらの変異がβアミロイドの産生・蓄積を促進することが実証されて以来,アミロイドの産生・蓄積過程がADの病因として注目されている.涌谷氏にはADの遺伝学に関するオーバービューをお願いし,大河内氏にはβアミロイドの産生過程の詳細とその阻害による治療の可能性についても論じていただいた.松岡氏にはβアミロイドの過剰産生と蓄積を生じるトランスジェニック動物モデルと,これらを用いて研究・開発された,脳から血液中へのAβの排出という極めて興味深い現象を標的とする「クリアランス療法」の可能性について最新の知見を紹介いただいた.佐原氏にはもう一つの重要蓄積物であるタウの意義について,FTDP-17という優性遺伝性の痴呆性疾患におけるタウ変異の同定を契機に,ADの細胞死における意義が確立しつつある経過を解説していただいた.ADの病態には脂質代謝や炎症など,従来無関係と思われた様々な要因の関与が浮かび上がりつつある.この点について山崎氏,森原氏に解説いただいた.ADの予防や根本的治療を考える場合,症状が出現した時点では病理学的にすでに進行期にあるため,十分な効果が得られない可能性も高い.このため確実な発症前診断法の開発が望まれている.この点で大きな期待が寄せられているアミロイドの画像診断法の開発状況を含めて岡村・荒井氏に展望を示していただいた.
 PDについても,単一遺伝子型の家族例における遺伝子同定を手掛かりに,病態解明が進んでいる状況はAD研究と同様である.坪井氏には臨床遺伝学的解析の最新状況を,服部氏には病因遺伝子産物として最もよく解析され,PD研究をリードするパーキンとシヌクレインという2種類の分子を中心に最近の研究の進展を紹介いただいた.またPDの病因には酸化ストレスなどの環境要因が強く想定されてきたが,遺伝学的研究から得られた情報と呼応して,その全貌が浮かび上がりつつある.この点について丸山氏に解説をお願いした.PDは,再生医療に向けてのアプローチが最も進んだ疾患の1つであり,失われたドパミン性神経細胞の補充による治療がまもなく可能となるものと期待されている.中尾氏には移植・幹細胞療法の最近の動向について論じていただいた.
 AD,PDは高齢者の健やかな知的生活と運動の自由を脅かす,人類の難敵である.この特集が原因療法の一刻も早い開発に少しでも貢献できれば望外の喜びである.

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