巻頭言


岩田 博夫
 
京都大学再生医科学研究所生体組織工学研究部門 教授


 "Tissue Engineering"と「再生医学」は,微妙に異なるがかなり重なりのある研究分野である.言葉としては米国では前者が定着し,わが国では後者が定着しつつある.米国では,「再生医学」に相当する言葉として"Regenerative Medicine",または,"Reparative Medicine"が使われるが今ひとつ落ち着きがない.一方,わが国では"Tissue Engineering"の直訳は"組織工学"であるが,どうも社会科学の一分野のように聞こえるので頭に"生体"をつけて"生体組織工学"などと訳されているが,こちらも今ひとつ座りが悪い言葉になっている.
 さて,手元に昨年米国で出版された"Principle of Tissue Engineering"がある.これは千ページに近い大部の本である.なぜこのような大部の本の編集が可能なのかを種明かしをすると,例えば表皮細胞を組み込んだバイオ皮膚の臨床応用が20年近い昔に行われていることからもわかるように,細胞を組み込んだ医療用デバイスの開発研究は既に数十年以上の歴史があるからである.このため最近作られた言葉である再生医学よりは"Tissue Engineering"の名に固執される研究者はわが国でも多い.しかし,本特集は"Tissue Engineering"の名に固執して組んだわけではなく,最近,それぞれの名前の研究領域が落ち着きだしてきたと思われるからである.再生医学とは,再生機序と再生に関与する幹細胞や細胞増殖(分化)因子を対象とする基礎生物学と考えられる.一方,"Tissue Engineering"は再生医学を基礎として,組織や臓器の大きな欠損を再生し,機能を回復させるための方法論を扱う学問分野と考えられると思う.もう少し限定すると,組織や臓器の再生に必要な材料開発を中心とする工学的研究を扱う研究分野であろう.例えば,最近めざましい研究が次々発表される幹細胞研究を医療に役に立つようにデバイス化するのが"Tissue Engineering"研究であろう.
 本特集号では,既に臨床応用が開始されている"Tissue Engineering"研究を中心に研究の現状と将来展望を述べていただく.特に整形外科領域は"Tissue Engineering"の大きなターゲットであるため,戸口田先生に人選していただいた4名の先生方に執筆していただいた.再生医学と"Tissue Engineering"研究に国の予算がつぎ込まれているのは,細分化から総合化への生物学研究の流れがひとつの原因であるが,もう一つの理由は"Tissue Engineering"研究が近い将来非常に大きな医療産業として成長するであろうとの期待があるからである.最後に,基礎研究と臨床研究の成果を産業化へ結びつける部分を,わが国最初の"Tissue Engineering"ベンチャー企業である(株)ジャパン・ティシュ・エンジニアリングの経験をふまえて執筆いただいた.

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