巻頭言


創薬におけるプロテオミクスの展開

藤田芳司

グラクソ・ウエルカム株式会社筑波研究所 研究本部長

 ヒトゲノムの全塩基配列のドラフト解読が完了し,今年6月にクリントン大統領および英国ブレア首相がその成果を華々しく発表したのは記憶に新しい.詳細な解読が完了する2003年を待たずして,限られたヒト遺伝子(当初の10万個よりも少ないと推定)を巡って激しい国際競争が開始された.ゲノム上の一塩基変異多型(SNP,スニップ; Single Nucleotide Polymorphism)の同定・マッピング作業も加速化され,今年末には70万個近い有用なSNPが公開されようとしている.ヒトゲノムプロジェクトと非営利団体TSC(The SNP Consortium)は,GeneBankのDNAとTSCが既に収集した約200万個のDNA断片との比較により“ありふれた疾患”に関連する25万個以上のSNPを見い出す共同研究に入った.ゲノム研究は“遺伝子の一次構造の解析”の時代から,“遺伝子の機能解析をめざす”ポストゲノムの時代に移行しようとしている.
 遺伝子の機能解析の中心がプロテオミクスになることは明白で,インサイト,セレーラ,ミレニアムといった国際的ゲノム企業がこぞってプロテオミクスに向かっているのもうなずける.ゲノムが4塩基の組み合わせであるのに対し,プロテオミクスでは20種のアミノ酸の組み合わせとなるため,情報処理は飛躍的に複雑となる.一次,二次タンパク構造に加えて,立体構造(三次)やサブユニット構造(四次)も創薬研究の重要な情報となる.加えて,タンパク質群の翻訳後修飾,時間系列や場所を網羅的に高速で同定する方法論も必要となる.新しい疾患関連タンパクが同定されれば,それが他のタンパクとどのような相互関係にあるかはプロテインネットワークの構築によりシグナリングパスウェイを解明することもできる.まさに,プロテオミクスは大規模なタンパク質動態研究であり,疾患メカニズムの解明,創薬ターゲットの同定,薬効・副作用などのマーカーの同定など,基礎から臨床応用まで幅広い適応範囲を有する.遺伝子型に基づくファーマコジェノミックスに対応して,薬理プロテオミクス(ファーマコプロテオミクス)という領域が急速に発展している.DNAチップ同様,プロテインチップも汎用化に向けた技術革新が進行している.
 ゲノム創薬は多岐にわたる科学技術を融合したアプローチともいえる.医学・薬学に加えて,情報科学(ゲノム,プロテオーム,SNPなどの遺伝子マーカーなどのデータベース,解析ソフト,バイオインフォマティックス),システム工学(自動化,高速化,画像解析,リードアウト技術)などの最新技術も組み込んでいかなければならない.ゲノム科学のめざすところは患者・社会にとって『価値』のある薬・医療を提供することである.最近のファーマコジェノミックスはある薬剤に応答する“患者を選択する”ことに力点が置かれがちだが,多くの患者が安心して使えるような“化合物を選択する”方向に向かわなければならない.ゲノム,プロテオミクスもそのための一手段であることを述べておきたい.
 本特集「新世紀医療をめざしてW−プロテオミクスと創薬」では,遺伝子機能解析を担うプロテオミクスについて,その技術の現状・課題,主な疾患領域での解析の現状および工業的プロテオーム解析の動向など,内外の専門家の方々に著者として原稿を賜ることとした.ポストゲノムが注目されているこの時期に,プロテオミクスに関して最初の日本語解説書を出すことは有意義と考えた次第である.今後,プロテオミクスを研究されようとしている読者の方々に,この特集号がひとつの指針としてお役に立てば幸いである.

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