巻頭言

仲野 徹
大阪大学微生物病研究所 教授

 クローンと再生医学,10年前にはSFと思われたかもしれないテーマが特集である.半世紀近く前に核移植でクローンカエルが作られた時,誰が再生医学の到来を予測していただろうか? 時には大きな困難を迎え,時には予想もしなかった幸運に恵まれながら,地道な研究が続けられた.1980年代,哺乳類において体細胞からのクローン生物作成は不可能であると判断された.不可能を可能にするのが夢ならば,クローン羊ドリーの誕生こそがそれであろう.ドリーの作成は生物学ではなく社会的なインパクトに過ぎないと考える人もいる.果たしてそうだろうか.未分化から分化へという,哺乳類の発生・分化で「常識」と考えられたパラダイムが崩れた時,再生医学への扉が大きく開かれたのではないだろうか.クローン動物の作成と再生医学の台頭が同時代であったのは偶然かもしれない.しかし,1990年代に,発生・分化・再生をとりまく「気分」とでもいうものが大きく展開したのは紛れもない事実だ.ミレニアムの最後に,一つの壁が突破され,バイオメディカルサイエンスの次なる地平が開けたのが現在であると考えたい.
 クローン動物が直接に再生医学に応用されるかどうかはわからない.しかし,クローンのもととも言える幹細胞が再生医学の主役であることは間違いない.多くの増殖因子とそれに反応する細胞が究められた時点で,再生医学は多くの研究者・医学者にとって見果てぬ夢から実現可能なプロジェクトとなった.血液細胞が,神経細胞が,生殖細胞が,上皮細胞が,間葉系細胞が,それぞれの幹細胞から分化する.そして,真の幹細胞ともいえる胚性幹細胞からは,すべての細胞が分化する.それらの幹細胞に遺伝子操作を加え,あるいは,試験管内で性質を転換し,細胞移植に利用する.一部の細胞や組織では,組織工学として既に可能になりつつある.
 研究が進むにつれて,生物の成立機構はますます複雑であることがわかってきた.行きつくところは,神の領域,という気さえしてしまう.医療といった欲望のためにクローン動物やヒト胚性幹細胞を作成して利用することは,倫理的・法的に問題はないのだろうか? 果たしてわれわれにはそれだけの存在意義があるのだろうか?個人として,社会として,自問すべき時代になってきた.
 今回の特集では,クローン生物と幹細胞,再生医学について,その基礎的な研究から実際の応用まで,そして,倫理的側面まで含めて,錚々たる先生方に解説をお願いした.前号の特集ではゲノムという物質的な側面からの視点であったが,今回は,細胞と個体という生物学的側面から近未来医療をのぞき見ていただきたい.紙面の都合から,十分な説明がなされていないかもしれない.しかし,一読していただければ,新世紀をめざした医療が,どのような現状にあるのかを理解していただけるものと自負している.クローンカエルから現在まで半世紀.これから半世紀の後,果たして再生医学はどういう進展を迎えているのであろうか?

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